2024-05-16

Youは誰がために人助け?(ていうか自分をアウトプットする理由?)


わりと気軽に人のためにとか人が喜ぶ何かをしようって思考になりがちなんだけど。

無理しているわけではなくて、そうすることが自分の楽しさ、喜びみたいな部分があってやってる。
出来るかどうかはちゃんと判断して、難しければ出来る範囲の条件提示かお断りはしてますよ。

じゃぁなんで「わりと気軽に人のために、人が喜ぶことを何かしようって思考になりがち」という傾向にあるのかなぁと考えてた。

何番煎じって感じの表現だけど、人と人が関わるってそこに化学反応が生まれると思ってる。
他者と関わることで得られた経験って自分を何かしらの形で広げてくれると思ってるから。

私自身、沢山のひとのあれやこれやを見たり聞いたり読んだり、そこから喜怒哀楽を感じたり、そういうものから色んなものを摂取して自分が広がっているのを感じるから。

だから自分も人に頼られた時には、自分の持ってるいろんなことで手助けして、そこを通じてほんの少しでも何かしらを相手が得られたらいいよね、その人の世界や視点が少しでも広がる手助けができたらいいね、とか。

そんな風に考えている気がします。

そうなってくれたら良いなと思える相手に時間をさくことは、私にとっても嬉しいことなのです。

でも残念ながら世の中には(本人が意図しているか、意図せずそういう接し方しているかは知らないが)「この人に搾取されてる」と感じさせる人もいて、そういう人にまで貴重な時間をさいて何かしたいとは思わないですからご安心を。

んでまぁ、私がこうして駄文を書き散らかしているのも、それを読んだ誰かが、それがその人に合うか反面教師にするかはともかく、何かしらの足しになったならそれはそれで良いかなって思いながら書いてる。

2024-05-14

FF14:自力解明のすゝめ

最近はもう極や零式は「未予習・自力解明」でないと楽しめない身体になっているわたあめです。

「未予習・自力解明」ができるのは人生で最初だけ。
白紙の状態でコンテンツにいって未知のものに遭遇する驚きや、パズルを解くように攻略法を考えていく楽しさ。
せっかくそこにそういう選択肢があるのだから、楽しんでいきたい。


7.xで絶エデンがくるって話を聞いて、まだ行ってなかった「エデン零式:共鳴編」を1層~3層まで下限・超える力なし・自力解明でやってきました。

黄金のレガシーはじまるまでに4層クリアできるか微妙なラインなので、一旦3層クリアで区切り。
4層以降はまた黄金落ち着いたらってことで。


んで最近思うのは、ギミックまだ苦手な人でも遠慮なく自力解明すればいいと思う。

もちろんそういう遊び方をよしとする人を集めたり、時間を合わせて行ったりしないといけないというハードルはあるけれど、
  • ギミックひとつずつ超えていかないと進めない。
  • 進んだ先にまた未知のギミックに遭遇するから考える時間ができる。
こういった理由からひとつずつのギミックにかける時間がある程度確保されるので、不慣れな人も慣れていく時間がとれるかもしれない、かなと。

予習だけでなんでもこなせる人は良いとして、予習だけではなかなかこなしていけないってタイプの人には逆に自力解明ってありなんじゃないかなと思います。

あ、私は予習しての攻略じゃ物足りないので自力解明で遊んでるんですけどね。(えらそう

2024-05-11

FF14:下限闇の世界 2024-05-10(金)

 今回のチャレンジはこんな感じでいきました。

  • 下限、超える力なし
  • アクセサリ全部外し
  • 可能な人は武器をIL80~100で準備
武器に関しては20人くらいが武器調整してくれていました。

進行具合としてはあんな感じですかねぇ、という感触。
武器による差はあまりわかりませんでした。

この辺りは結局参加者の普段からの練度にもよるのかも。
結構慣れた人が多かった印象なので、回復や蘇生がそつなくできていて安定してた感があります。

といっても

タンク落ちからのボス散歩でビームに沢山の人が焼かれてワイプ。
アレが爆発したりソレに射抜かれたりしてワイプ。
雑魚散歩でワイプ。

などそれなりに楽しんでいただけたのではないでしょうか。

個人的な発見ポイントは「1ボス背中に眼がある」と「ここ天井あるじゃん」でした。

またヴォイドアークも企画すると思うのでタイミング合えば遊びましょう~。

2024-05-07

「人を見るとき3つのレイヤーに分けて見てる気がするという話」を読んだ友人との会話で得たものメモ

先日書いた

» 人を見るとき3つのレイヤーに分けて見てる気がするという話

を読んだ友人から幾つかレスを貰って「なるほどねぇ」とか「あー、そうか」と思ったので書き残しておく。

レスその1:
土台やフーレム強度が弱くて積み重ならない場合がある
このコメントをしていた友人は各ブロック(箱?)のフレーム強度が弱く積み上げられない場合があるかもしれない、という話をしていた。(と理解している)

最初聞いた時そもそもこれが乗っている一番下の土地の部分のことかと思ったけど良く聞いてみるとフーレムの話だった。

いずれにしても強度が足りないので積み上がらない。
これは自分の価値観に自信がない場合って状況になるのかな?

私は「好き/嫌い」「心地よい/痛い」などは自分がそう感じるのなら自分にとっては疑いようもなく間違いない話なので、他人にどう言われようと事実としてそれはもう変えようがない。そういうものだと思ってる。

そのうえで社会で行きていくために何かそういう感情を表に出す出さないはコントロールすることはあるかもしれない。
でも、その根底にある「自分がそう思うのである」は変わらないかな。

なので「フレーム強度が足りない」が「自分の感情や思考に自信がない」という意味なのだとしたら、

自分は何が好き。
自分は何が嫌い。
自分はこういう人間である。

そういう軸がまだぼんやりしているってことなのかな?わかんないけど。

話し逸れるけど、いつの頃からか自分の感情がどこから生じているのか、何が理由でそう感じているのかを自問自答するくせがついていて。

誰かや何かを好ましく思うときも、もやもやしたり嫌だなぁと感じるときも、何からその感情が生まれているのか考えてる。

理由がわかれば感情はコントロールしやすくなるので。

好きの理由がわかれば好きなものを選びやすくなるし、誰かに伝えやすくもなる。
イヤの理由もわかればそういった物事や人を避けやすくなる。

レスその2:
ここにある3段目のレイヤーに類するものが2段目のレイヤーにある場合もある

この画像のモデルはあくまでわたしの価値観なので「2段目は人柄や性格、言動の癖」であり「3段目は各種技能」というものが含まれると考えている。

だけど世の中には2段目のレイヤーに「何かある分野の技能だとかが含まれる場合もある」という事に気づいた。

例えば
「ピアノが弾けないやつはうちの子じゃない」
「医学部に入れないと家にいづらい」
「ゲームが下手なやつに人権はない」
とかそういうの?かな。たぶん。

言われてみればドラマとかで見かけそうな話。でも自分がそういう見かたをしてなかったのですっかり忘れていた。

気づいてしまえばあるあるな話だった。